2002年03月09日(土) REW/F.FWD

18km
高槻駅前〜日吉台〜安岡寺〜高槻亀岡線〜神峰山寺〜東海自然歩道〜本山寺往復

山岳トレーニングの日がきた。

一月一度だけと決めた、ハードな筋力トレーニングはもう3回目。
正月に上がった時は息も切れ切れで、何度も倒れそうになった。
そして、
梅が冬の終わりを教え、桜が春を待つ季節になった。
お決まりのお寺の名は「神峰山寺(かぶざんじ)」という。
7キロの登山道は気が遠くなるくらい長く。
一番軽いギヤででも、フロントが上がるほどだ。

しかし、今回はまったく違う、途中での休憩はまったくなしに参道にたどり着いた。
そして、写真を撮る為だけに一度だけ、止まっただけで、
駐車場にたどり着いた。

御神籤(おみくじ)を引く。

吉だという事以外まったく意味がわからない漢文の御神籤は、
色々と想像させる。
思えば初めての日に中国の人が観光で来ていて、
ちゃんと意味を読んでいたのに感動した。
あたりまえと言えばあたりまえだが。。


春が近い参道から駐車場に戻ると、
まだまだ、筋力が残っているような感じだった。
ハイカーにこの先の路面状況を聞くと、
本山寺までは舗装されているとの事。
でも、ただ一つ気になるのが。
「凄い坂ですよ」と言う一言だった。

鴉に失礼だろ!とか思っているうちはまだ余裕があったが、
九十九折れの道は傾斜がどんどんついてくる。

それでも、できるだけ立ち漕ぎはせず登っていく。
ハイカーへの会釈も余裕がない。
おじいさん、高校生のカップルは、もう手だけで合図した。
そして、3キロの坂道は駐車場で終わる。

この先は徒歩しかないだろう。


もうここは登山路なのだ。


お地蔵さんの祠で貸し傘を見かけた。
急な雨に会う人のへの善意だろう。
その中にアーレンキー(六角レンチ)を
見つける。
いったい誰が使うのだろうか?
自転車にとって、一番大事な工具が、ここにあることは
偶然なのだろうか?


山頂は間違いなく標高の高い山だった。
こんな山を足だけで登ってきたのが信じられない。

遭難する人もいるようなこの山の駐車場で、ハイカーの夫婦と話した。
「うちの、お父さんが自転車で登ったと言っても信じられない」と
大笑いしていた。
たしかに、歩くより大変な事なのだろう。

一気に降りる、ビデオテープの巻き戻しのような帰り道で、
まったく違う乗り物になった自転車の、2本のブレーキワイヤーを引きながら
御神籤の意味を思い出す。

「この世は水のようで、人の情は氷のように冷たい、
それには意味をもとめるな。ただ、一人の僧となるべし」

多くのハイカーと再開する。
一瞬だが、今度も手を振った。

同じ道を下る、巻き戻されたように感じる時間は、実は早送りだった。
この世は水のように流れつづける。

いつしか、毎日登れるか不安だった神峰山寺は、帰り道になった。


御神籤の意味を残した、早送りの絵の中で。




かぶんの日記より

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