チりんちりんと風鈴が鳴る。

風鈴は「夏の日」のBGM。
















清少納言の「をかし」とは。

貴族社会の「趣のある」とは違う。





五月ばかりなどに山里にありく、いとをかし。
草葉も水もいと青く見えわたりたるに、
上はつれなくて草生ひ茂りたるを、ながながとたたざまに行けば
下はえならざりける 水の、深くはあらねど、人などのあゆむに走り上がりたる、いとをかし。




山里の草木の青さ。
茂った草の下にある「すがすがしい水」を
人が歩くたびに跳ね上げる瞬間の「をかしさ」。







 
現代の歌姫の歌に似た、景色を心に焼き付けるような
歌声まで聞こえてくるような描写。


ピカピカの記憶を、書き留めてくれた。。
























春は曙。


夏は夜。

その季節をこころのまま。

「をかし」という言葉で記憶させてゆく。


まるで、流行歌のように。




















生命のきらめき。

光る瞬間。
「あはれ」と正反対の前向きなすばらしさを、

「をかし」にもとめていた。











彼女が生きた平安京は、今は京都市となり、
一部の面影しかない。





京都から離れ。




当時の風景。
当時の色。


そして

「をかし」を求めて山に向かった。










緑に包まれ。



時を巻きもどす。




台風被害後再建された塔の色。


 



平安の頃から変わらぬ緑。


見たとたん、


すべて、彼女の草子のイメージを思い出す。






まるで、テーマソングやBGMのように、






降りそそぐ光を受けて、心によみがえった。












そこで見つけた「をかし」は、



清少納言の、「人とは違う」ものの見方。

綺麗とだとされる物だけではなく、


誰もが見落としていた、

彼女だけが見つけた「をかし」。









あの日も

彼女が見つけて、そこから初めて人々の「をかし」となったのだろう。






平安を強く生き抜く「流行歌」として。


















それはまるで「真昼の月」






見えていて見えていなかったものを見つける

感性の光こそ「いとをかし」



そんな写真を撮ることを、

WEBを現代の草子として残したい。


何千年も前に同じ事を目指そうとした人がいたことがうれしくて。


ただうれしくて、



いとをかし。














枕草子:KABUN:CANON 300D





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