月の夜に。









われわれの体に「つぼ」とよばれた、流れが集中するところがあるように、

地球にもそれはあるという。

「龍穴」と呼ばれるところには、気があふれ、生き物の基本がそこにあると、

昔、ばあさんが話してくれた。









二時間走って天川村に向かう。































AM6:15




















女人結界をぬけると。











次第に木の階段になり。


  












   








そして、ガレタ岩の道になる。














体が温まったころ。





お茶屋が見える。


























長袖を脱いで登りだす。










   


日の出。


  




朝日が差し込む














いろいろなものが緑に変わる。
















快晴の空。





次の目標を頼りに。




  


国土地理院の地図を見直す。






影は方角を示す。













標高が上がるたびに青は濃くなり。







  











月も青く染まった。














  

生命は道以外を覆い尽くし。














中間地点の助け水を過ぎる。

















日差しは木々が弱めてくれる。














  












  


休憩取って、、、











不動明王に御挨拶すると歩き出す。











  


もう秋の準備に入った山は、

少し肌寒く。


  



空気は透き通る。




  


道は人が作ってゆく。








  


人の歩いた後だけ、道となり確保される。。


  







かわるがわるの足跡が、道標。






最後のお茶屋を越すと、、、、


いよいよ修験道の道。


  



道は狭く。




石に足をとられる。





遠くの山を見ていると





かなり上がってきたことを感じた。


  


難所も手助けしてもらい。





それでも、道ではなく岩ものぼる。




  











  

鐘掛岩は修行の地

まさに岩登り。
先達の指導なしではあがれない。














  

岩山を軽々と飛ぶように上がったという役小角、
修行というより日常だったのだろうか?



この地で遠くを眺め、そして、

山を縦走して、乱世の時代に民衆の心に足跡を残したのだろうか?



子供のころ、ほかの子とは違い梵字を書いて、
仏像や塔をつくっていたという謂れや、





遠くの山の果て。

箕面で子供をさらい暴れていた夫婦の鬼を、鬼の子供を隠すことによって、

子供の大切さを教え弟子とし、山の開拓につくさせた事。






   

伊豆に流刑になっても毎晩のように、海を渡り富士で修業したという話を思い出す。


母を大切にし、松葉を食べ修行した山々の奥にこの山がある。



いろいろな謂れを思いだしながら眺める山は。







いつもとは違う気がした。









遠く。







多くの人の心に残る役小角の足跡は、たしかにそこにあった。












道は険しく高く。


  




やっと入口にたどりついた




ここからまだ30分はあるという。










何度も岩を登ったら。





西の覗。






崖の下を覗いて








「親不孝は、絶対しないか?」
と聞かれる。







いくつになっても、そう聞かれる。



 







山の尾根をつたって。











  
















龍泉寺で、
役小角にお参りして、、、お茶をいただく。



一杯のお茶が、これほどうまいと思うことも

そうないだろう。


   







あとすこし。

  




  



最後の石段。








  


山門越して









大峰山寺にたどりついた。


乱世の時代を救うため、役小角がここで

感得したという

蔵王権現がまつられている。







親殺し子殺しで、乱れた世の中、
厳しい年貢の中生きる民衆を救う

憤怒の形相の仏様。

釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩が人の目で見れるように権化した姿。



山頂の湧出岩から出現され

そしてこの本堂の内々陣にあたる、「龍穴」に降り立ったという。









お寺のおじいによると湧出岩のある三角点はすごそこ。





  


この山の龍穴は、ここにある。

ずっとここにいたい。

気持ちいい空気がここにある。





高山の風景を見て、800oのぼる登山だったと改めて思う。




  

今まだ折り返す時なのだ。





あいさつして、下山する。






  


登りより辛い気がした。

  














一歩一歩気をつけて。




出会う人には
「ようお参り」とあいさつする。

  



登りの人に道をあけながら。

「ようお参り」




  


「あとすこしですよ」と

「ようお参り」

























生命はすこしづつ高さで変わり。




  












望む山々は低くなる。

  



















  




  


「お早い下山ですね」と声かけられ、
多くの人より、出発が早かったことを知る。










そして最後のお茶屋で

「ようお参り」

というと。。。

  




  

あとすこし。









膝や、足の裏に痛みを感じる。









きれいな日差しに助けられ。





















気がつくと、朝真っ暗だった杉林に戻ってきている。













7時間たって、「ようお参りも」板についてきたころ。



まだ、今回の旅でもらったものは気が付いていなかった。

   

いよいよ結界が見えた。








一礼すると、すべての痛みは、

気持ちいい疲れとなる。




振り向くと。



   


冤罪がはれて、母を手に乗せ天に登る役小角と


今まさに世の中を救おうと飛び立つ蔵王権現の姿、

心の中のいろいろな思いや願い、本来見えないものが形になっているのだろう。









見上げると。





まだ、子供の役小角が教わることなく夢中になって書いていたという、

大日如来の「バン」の梵字にも見える。



人の想像力は、空の雲に文字を感じることもできる。






一息ついて、振り向くと山が見える。





あの山と空の間を縦走して。




山頂にたどりついたことに驚く。



















今年も彼岸花が咲く。


  


秋の花が咲く。





ばあさんの言った言葉を繰り返す。

居心地のいい場所、そこに龍穴がある。










遠く続く山、見渡せば今まで歩いた山々が見える。

高野山、金峰山、熊野、葛城山、金剛山、伊勢、生駒山、信貴山、箕面、伊吹山、醍醐。

すべて見渡せる限り役小角の足跡がある。




あの時歩いたあの道はすべてこの山に続いている。
龍穴を探す旅は役小角の足跡を追う旅だった。



    

山の龍穴をつないでゆくと、居心地のいい場所もつながってゆく。

人の体のツボと同じように龍穴があるということは、

逆に人の心にも「龍の穴」があるのかもしれない。


心の中にも歩いた記憶があるように。








苦しむ民衆に
「生きる上で最も大切なことは心の持ち方」だと広めた気持ち。

母を人質に取られ、自ら冤罪の流刑となった、
役小角の母に対する心こそ、

「無償の愛」

探していた「心の龍穴」だったのかもしれないと気がついた。

まるで空の雲が文字に見えるように。
人の心は、自由。


自由な居心地のいい気持ち、居心地のいい場所、
それが、この旅で見つけたものだった。



いよいよ、満願し旅は終わった。

でも、本当の探し物はまだ見えない。







大峰山:探#5:CANON KX2+TAMRON B003